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観光 -動物- 

Sightseeing -animals , 2011, lambda print

書物には、人の手によってそれがかたちづくられている故のおおくの必然が隠されている。
特に図鑑のような形態には、これまで人間が発見し、活用してきたメディアとしての書物のアーカイバルな特性や「現実」への実践的な介入欲求が顕著に見え隠れしている。真に人間的な独断、歴史の独断によって決定された言葉の順列によってそれは並び、場所や動物もその名前の類似や、気候や国や成り立ちといった類似によって、再配置と再認識を決定づけられる。

しかし、あくまでもそれは、書物にたいして正当な角度から接近したさいに用意されるひとつの世界に他ならない。その接近は、同時に存在する「別」の書物を隠し、別の繋がりのあり方の発見と証明を妨げることはあっても、それを失わせることは出来ないのだ。
誰が言ったか、世界で一番遠くにあるページはそのページ自身の裏側であるという。そう考えることもまたきっと、不可能ではないはずだ。

「近かったすべてのものは、遠ざかる。」
夕暮れを思い書き記したゲーテの詩のごとく、そこにはある種の「距離」の識別の欠如と発生がある。私は幻想について語ろうとしている訳ではない。人間の積み重ねてきたひとつの認識の仕組みに立脚しながら、そこから逃れ出ててしまった偶然の暗号とでもいうべき世界の現出がたったひとつのページ、つまりははからずも製本された1枚の紙には宿っているにちがいない。
太陽の光によって表裏をひとつにしたイメージたちは、一体となった内側に潜在したものを再表象することによってそれを証明するだろう。